新国立競技場への道(後編)~五輪を終えて~

コロナ禍による緊急事態宣言下で無観客ではありましたが、日本代表選手のメダルラッシュに沸いた東京オリンピック・パラリンピックも無事終わり、弊社東京オフィスから程近い国立競技場を再び訪れてみました。

オリンピック開幕前の6月と比べると、パラリンピック閉幕後の9月に撮影した国立競技場の写真は、国立競技場を取り囲むように建てられていた白い仮設フェンスが取り払われ、その全容が明らかになっています。柵があってもちろん中には入れないのですが、夏から秋に移ろいゆくいまの季節、絶好の晴天の下にそびえ立つ巨大な競技場は圧巻でした。巨額の建設費用など賛否両論ありますが、木目調の美しい外観は周囲の緑に溶け込んで、この辺り神宮外苑の杜の風景によく馴染んでいるように思います。また、6月よりも9月に入ってからのほうが、写真撮影をしたりしながら楽しんでいる家族連れやカップルの姿が目に見えて増えた印象です。あくまで個人的な推測ではありますが、やはりテレビなどでオリンピック競技を観戦して、記念に国立競技場や周辺施設を見てみようと思われた方が多いのかもしれません。私も日本代表選手の活躍を思い出しながら撮影しました。

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国立競技場前にある名称看板も凝っていて、デジタルアートのような感じで文字が立体的に浮かび上がって見えるようになっています。写真ではなかなかうまく伝わりにくいかもしれませんが、角度を変えて斜めからも見たくなります。

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そして、国立競技場近くにある五輪のシンボルマークの前には、6月に来たときには見られなかった記念撮影待ちの行列ができていました。これもやはりオリンピック効果のひとつなのではないかと思います。

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前回の記事で近代オリンピックの創始者であるフランスのピエール・ド・クーベルタン男爵の像を紹介しましたが、その近くには柔道家・教育者であり、アジアから初のIOC委員に就任し、当時はまだオリンピック自体が浸透していなかった日本がオリンピックムーブメントに関わるきっかけともなった人物、日本柔道・体育の父ともいわれる嘉納治五郎の像があります。1964年につぐ2度目の東京開催がコロナ禍となったオリンピック・パラリンピックをどう見つめていたのでしょうか。ちなみに柔道の日本代表選手団は、オリンピックや世界選手権などの主要大会に出場する前には、嘉納治五郎先生のお墓にお参りするそうです。

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国立競技場から、最寄駅のひとつである千駄ヶ谷駅に向かう途中の東京体育館周辺の歩道脇には、まだ「TOKYO2020」と書かれたフェンスが残っていました。いずれは撤去されるのでしょうが、将来何年か経ってこの道を通る際にふとオリンピックを思い出すことでしょう。

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その外観が近未来的な東京体育館ですが、今回のオリンピックでは卓球の会場となり熱戦が繰り広げられました。競技として初めて行われた混合ダブルスで、水谷選手と伊藤選手の日本代表ペアが念願の金メダルを獲った決勝戦は手に汗握る試合で、まだ記憶に新しいかもしれません。

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国立競技場を後にして九段下方面に向かうと、北の丸公園の武道館にたどり着きます。武道館は前回1964年のオリンピック開催時に柔道競技会場として建設され、今回もまた柔道や空手といった武道競技種目の会場となりました。特に柔道は各階級で日本勢のメダルラッシュとなり、中継に連日釘付けとなった方も多いのではないでしょうか。前述の嘉納治五郎先生も草葉の陰から見守っていたかもしれません。武道館の屋根の上にはその形状が玉ねぎにも例えられる擬宝珠(ぎぼし)が見えます。国立競技場が自然との調和をモチーフにした現代風な建築物であるのに対し、日本らしい和の雰囲気の武道館は海外の視聴者も少なからず興味を持ったのではないかと思いました。

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武道館周辺の千鳥ヶ淵は、春には桜の名所として多くの花見客で賑わいますが、残念ながらコロナ禍でここ数年は桜のライトアップやイベントなどが中止になっています。早くコロナが収束し、オリンピックをはじめとするスポーツだけでなく、様々なイベントが安全に行われるようになることを祈るばかりです。